2026年3月20日金曜日

古い紙幣が使えるのは既得権益に固執する日本の特徴

日本社会において既得権益という言葉は、単なる経済的利益の享受を超え、社会構造や法制度、さらには国民心理の深層に根ざした多面的な現象として認識されている。一般的に、経済合理性や時代の変遷に伴う制度の刷新が求められる局面においても、日本では過去に確立された権利や慣習が強力に保護され、変革が著しく停滞する傾向が観察される。特に、通貨制度における旧紙幣の永続的な有効性や、財政的限界に直面しながらも現行受給者の利益を優先する年金制度の運用は、その象徴的な事例として挙げられる。本報告書では、これらの事例を端緒として、日本社会における既得権益の所在とその保護メカニズム、そしてそのような構造が形成・維持されてきた歴史的・文化的背景を分析する。

  1. 通貨制度における法的安定性と強制通用力の永続性

日本の通貨制度において、新紙幣(日本銀行券)の発行後も旧紙幣が原則として無期限に有効であり続ける点は、国際的に見て特異な側面を有している。これは単なる慣習ではなく、日本銀行法という明確な法的根拠に基づいた仕組みである。

日本銀行法第46条と無制限の強制通用力

日本銀行法第46条第2項は、日本銀行が発行する銀行券について、無制限の強制通用力を持つと規定している。この強制通用力とは、金銭債務の支払手段として提示された際に、相手方がその受け取りを拒否できない法的効力を指す。重要なのは、この効力が現在発行されている券種だけでなく、過去に発行され現在は製造が停止されている券種(旧紙幣)に対しても、法律に基づく失効手続きが行われない限り維持されるという点である。日本銀行の資料によれば、現在でも明治時代に発行された一部の紙幣を含め、多くの旧紙幣が依然として有効な通貨としての地位を保っている。

国際比較における日本の特異性

諸外国の通貨更新における対応を概観すると、日本の永続的有効性がいかに特徴的であるかが明白となる。

国・地域 | 旧紙幣の法的有効性 | 中央銀行での交換期限 | 根拠・背景

日本 | 原則として永続的に有効 | 期限なし | 日本銀行法第46条。明治以降の多くが有効

イギリス | 一定期間後に失効 | 原則として期限なし | 新紙幣導入後、速やかに回収

ドイツ(ユーロ) | 店舗使用不可 | 期限なし | 資産価値は保証

フランス(ユーロ) | 店舗使用不可 | すでに終了 | 2012年に終了

イタリア(ユーロ) | 店舗使用不可 | すでに終了 | 2011年に終了

イギリスの場合、新紙幣への移行に伴い旧紙幣は法定通貨としての地位を失い、日常的な店舗での支払いに使用できなくなる。一方で、日本においては旧札が使えなくなるという主張は、しばしば高齢者を標的とした詐欺の手口として利用されるほど、通貨は常に使えるものという認識が社会に浸透している。

通貨の永続性が保護するタンス預金という既得権

日本において旧紙幣の効力が守られ続ける背景には、国民が保有するタンス預金の存在が無視できない。日本国内で家庭内に保管されている現金は100兆円を超えると推計され、その多くは高齢者が所有している。もし日本が諸外国のように旧紙幣に明確な有効期限を設け、短期間での交換を強制した場合、これらの現金が一斉に表面化することになる。これは脱税防止には有効だが、同時に静かに資産を保有し続けたいという高齢層の既得権を著しく侵害することに繋がる。また、認知能力が低下した高齢者が交換期限を逃し、資産価値を喪失するリスクを政府が回避しようとする配慮も働いている。


  1. 社会保障制度における既得権とシルバー民主主義の力学

通貨制度以上に深刻な既得権の対立が見られるのが、公的年金制度である。少子高齢化に伴う現役世代の負担増が指摘されながら、既に受給を開始している世代の給付水準を抑制することには強い抵抗が存在している。

マクロ経済スライドの抑制と調整の遅滞

日本の年金制度には、現役世代の減少や寿命の伸びに合わせて給付水準を自動調整するマクロ経済スライドという仕組みがある。しかし、この仕組みは長年、十分には機能してこなかった。最大の理由は、調整によって年金額が前年度を下回らないようにするという名目下限維持のルールが存在したためである。デフレ局面においてこのルールが障壁となり、本来行われるべき給付の抑制が見送られ続けた。その結果、既存の受給者は本来の経済状況に照らして相対的に高い給付水準が維持され、そのツケが将来世代や現役世代の負担増という形で転嫁されている。

法的障壁:真正不遡及と正当な期待

既に決定し支払われている年金額を減額することには法的困難も伴う。憲法上の財産権(第29条)や、法社会学的な観点からの正当な期待の保護が議論されるためである。すでに受給権が発生している分について、後出しの法改正で遡って不利益に変更することは、法的安定性を揺るがすものとみなされやすくなる。

政治的背景としてのシルバー民主主義

法的な論理以上に決定的なのが、人口構造の変化に伴う政治的影響力の偏り、すなわちシルバー民主主義である。高齢者の投票率が若年層に比べて著しく高いため、政治家にとって票田である高齢層に不利益をもたらす年金減額を打ち出すことは、選挙における敗北に直結するリスクを伴う。そのため、合理的とされる改革であっても、既存の権利を持つ層の同意を得られないものは先送りされる傾向がある。


  1. 産業構造における既得権:鉄の三角形と規制の壁

既得権益の保護は、特定の産業や職能団体においても顕著である。これらは政治家、官僚、業界団体の密接な癒着構造(鉄の三角形)を通じて維持されている。

農業における既得権:農地と補助金

日本の農業分野は、農協(JA)を通じた政治的圧力や、高関税、補助金制度によって長らく保護されてきた。農地法の規制によって農地の所有や転用を厳格に制限し、既存の農家の利益を守ってきたことが、結果として土地活用の柔軟性を失わせ、休耕地の増大を招く一因となった。

医療・専門職におけるライセンス既得権

医療や士業などの専門職種においても、資格制度という名の参入障壁が既得権を形成している。国民の生命を守るという正当な目的がある一方で、その供給量を厳格に制限し、競争を排除することで、既存の資格保持者の地位が保証されている。医学部の定員抑制や、オンライン診療の普及に対する抵抗、ライドシェア導入への反対などは、既存事業者の収益機会を守るという側面が否定できない。


  1. 日本社会が既得権を過剰に守るようになった理由

なぜ日本はこれほどまでに既得権の保護に固執するのか、その理由は歴史、法制度、文化の三点から説明できる。

1940年体制の残滓

経済学者の野口悠紀雄氏らが提唱する1940年体制論によれば、現代日本のシステムの根幹は、戦時下の総力戦体制構築のために形成されたものである。官僚が産業を指導・保護し、弱い企業に合わせて歩調を揃える護送船団方式は、高度成長期には機能したが、環境が変化した現在でも国が特定の層を守るという発想から脱却できていない。既得権の保護は、かつての国民全体の幸福の最大化のための手段が目的化して残った結果と言える。

法制度における無謬性の追求と現状維持バイアス

日本の行政運用においては、一度決めたことは正しいとする無謬性の原則が強く働く。制度を変更することは過去の決定が誤りであったことを認めることに等しく、組織にとって回避対象となる。また、日本の法文化では既存の権利状態を維持しようとする信頼の保護が重視され、変化による損失を過大に評価する現状維持バイアスが強力に機能している。

文化心理的要因:和の精神とリスク回避

文化的な側面からは、摩擦を回避しようとする和の精神が既得権の保護に寄与している。既存の権利を奪うことは激しい対立を生むため、現状のバランスを維持することが賢明な選択とされやすくなる。また、日本人は将来の大きな利益よりも現在の確実な権利を維持することを優先する損失回避性が強いとされている。

総括

日本において既得権益が強固に守られる理由は、法的安定性への拘泥、シルバー民主主義という政治的力学、そして戦時体制から続く護送船団方式という成功体験に基づいている。旧紙幣が永遠に使えるという事実は資産価値の変動リスクを国民に負わせない過保護な国家像の投影であり、年金受給額の維持も過去の約束は絶対であるという法的フィクションの産物である。しかし、これらの保護は常に誰かの犠牲の上に成り立っている日本社会が持続可能な発展を遂げるためには、既存の権利に対する過度な執着を排し、公平な競争と合理的な負担分かち合いに基づく新たな社会契約の構築が不可欠である

2026年3月19日木曜日

発表スライドはgoogleのNotebookLMに作らせる

学会発表用のスライドはClaude SonnetかClaude Opusに作らせていた。彼らはTeXでスライドの原稿を書いてくれる。図やグラフもTeXで描く。TeXで図を描くなんて面倒なことをやってのけるとは人間技とは思えない(人間じゃないけど)。

ところが、今月は課金を使い切ってしまってSonnetもOpusも使えない。Keynoteで自分でスライド作るかと思っていたが、ふとNotebookLMを思い出した。たしかソース原稿を元に説明スライドや説明音声を作ってくれる機能があったはずだ。

さっそく使ってみた。ソースとしてはpdfを読み込める。JPEGやPNGなどの画像は読み込めない。そこで論文のpdfを読み取らせた。その後スライドを作ってと指示をした。スライド作りは10回くらい失敗した。論文が長すぎるとエラー終了する。論文を短縮して読み取らせたら、やっとスライドが生成された。スライド作成は失敗しても成功しても1回当たり20分くらいかかる。10回失敗した時点で既に4時間くらい過ぎていた。

内容は手直しが必要だが、手直しは自然言語で行う。手で直接スライドを編集した方が早いので、そうしようとしたが、それはできなかった。スライドをPowerPoint形式で書き出しても、各ページは1枚の図となっていて、ページ内の文字やシンボルを編集することはできなかった。自然言語で「文はこう直せ」「図はこう直せ」と指示を出す必要がある。この指示を出すのはかなり面倒だった。

スライド作りはNotebookLMを使うのと、Keynoteで全部自分で作成するのとでは作業時間は変わらない。自分の手で作成した方が早いかもしれない。NotebookLMを使うと上手な絵が手にはいる利点があるだけだ。NotebookLMは絵が上手い。こんな上手な絵は人間ではとても描けない。

2026年3月13日金曜日

GNU parallel により複数コアCPUを有効利用する

自分が書くプログラムコードは並列処理を意識しない。いつも実行には1コアしか使わないので、最近の多コアCPUはもったいないと思っていた。

この頃パラメーターを振る複数条件の実験を行うことが多い。Claude SonnetにCPUコアがたくさんあるから有効利用してと頼んだら、GNU parallelをインストールしてくれて、CPUコアを活かす実験スクリプトに変えてくれた。

wコマンドでCPUロードをみると80だ。これが2桁なのはめったにない。せっかく48coreあるXEONなので、有効活用できてうれしい。実験時間も短縮できてうれしい。

2026年3月12日木曜日

GPT-5 mini より GPT-4.1 が利口なので助かった

Github Copilot の10ドル契約にて無料で使えるエンジンはGPT-4o/GPT-4.1/GPT-5 mini の3つだ。3月分の課金を使い切った私はしかたなくGPT-5 miniを使っている。GPT-5 miniがtoken数が192kと無料の3つの中で一番大きいからだ。GPT-4oとGPT-4.1はtoken数が128kだ。GPT-5 miniがいちばんよさげに見えた。

しかし、コーディングのお供に使ったらGPT-5 miniは使い物にならなかったのは昨日書いた通りだ。そこで藁にもすがる気持ちで同じく無料のGPT-4.1にagentを切り替えた。そしたらそこそこ役に立つではないか。少なくとも高校生に手伝ってもらっている感じはある。 GPT-5 miniはほぼ小学生だった。このGPT-4.1で3月31日までしのいで、有料のClaude Sonnetが復活する4月1日を待とう。Claude Sonnet 4.6なら大学生に手伝ってもらっている感じだ。Claude Opus 4.6なら大学院生に手伝ってもらっている感じだが、Opus 4.6をガンガン使うと1ヶ月の課金分を1日で使い果たしてしまう。

2026年3月11日水曜日

Claude Sonnet 4.6の課金分を使い果たしてGPT-5 miniに仕事をやらせるもできない子で呆然

3月は1日から仕事に熱中してしまい、Claude sonnet 4.6を使いまくった。3月3日には今月分のリソースの60%を使い切った。そこで危機感を覚えて、それからはそろりそろりと使っていたが、今日でリソースの80%を使い切った。これだと4月まで持たないと思い、無料で使えるGPT-5 miniに切り替えた。

なるべく簡単な環境構築とコーディングしかやらせなかったのだが、まったくできない。小学生を相手にしている気分だ。何度正しても間違え続ける。こいつに任せるくらいなら自分の手を動かした方がはるかにストレスが少ないことに気づいて、GPT-5 miniを使うのをやめた。

今契約しているのはGithub Copilotの月10ドルプランだ。月10ドルで済ませようとしているのがそもそもの間違いのようだ。Github Copilotの上級プランに変えるか、Claudeの有料課金をしてそちらにやってもらうかにしようと思う。

2026年3月3日火曜日

Claude Sonnet 4.6 と GPT-5.3-Codex のコーディング能力比較

同じデバッグを両者にやらせてみたら、Claude Sonnet 4.6の方がうまくやった。GPT-5.3-Codexは目の前の問題を解決しようと熱中してしまい、広い視野にたてばもっと簡単な解決方法があるのを見つけられない。Claude Sonnet 4.6はそれができる。

LLMに使われるtransformerはネットワークの幅で一度に処理できるtoken数(≒語数)が決まる。これを超える過去の文章は忘れてしまう。Claudeでは、今の文脈を少ないtoken数で覚えておけるように一時的に要約してそれを後から参照できるように作られている。そのため、かなり過去の文章でも覚えておいてくれる。つまり広い視野を持てるという訳だ。その差が出た。

2026年2月26日木曜日

2065年までの未来予想が、私とGeminiで同じ内容となった

私は1990年から「国民の99%が思考停止しているので日本に未来はない」と言い続けてきた。予想は当たりの確度を上げながら2026年の現在に至る。この先はもはやどうしようもないとは思いつつも、私に何らかの見落としがあったのではないか。実は未来は好転するという事態にならないかとGeminiにあらためて聞いてみた結果が以下の回答だ。やっぱりどうしようもない。少子高齢化は問題の本質ではない国民の大多数の頭がパーなのが問題なのだ。これでは、どんなに賢くて実行力のある政治家でも未来の没落は変えようがない。ちなみに日本だけが国民の頭が悪いのではなく、他の先進国も程度の差はあれ悪くなりつつある。その程度が違うだけだ。日本は先進国の中では突出して国民の頭が悪い。新興国では教育制度がひどすぎた場合は、いまは国民の頭が悪いという状況はありうる。新興国はこれから教育制度が充実すれば国民の頭がよくなる可能性はある。とは言え、現時点で日本より国民の頭が悪い新興国というのはかなり少ない。
---Geminiの回答ここから---

教育システムの制度的疲弊:暗記型学習と人的資本の質的課題

長期的な経済成長の源泉は人的資本の質にあるが、日本の教育システムは21世紀型の知識集約型社会への適応に失敗している。日本の教育は、伝統的に均質な労働力を大量生産することに最適化されており、その核心には「暗記型学習(Rote Learning)」が存在する。大学の講義においても、教員が一方的に知識を伝達し、学生がそれをノートに写して試験で再現するという受動的な形式が支配的である事実は、1990年代から現在に至るまで大きな変化が見られない。

このような教育モデルは、以下のメカニズムを通じて経済成長を阻害する。まず、暗記中心の評価軸は、不確実性の高い現代(VUCA時代)に不可欠な「批判的思考(Critical Thinking)」や「創造的問題解決能力」を育まない。また、受験競争に特化した暗記学習は、学生の自己肯定感や知的好奇心を剥奪し、主体的に学び続ける「生涯学習」の姿勢を損なわせている。

さらに、この教育のあり方は日本人の国際競争力を著しく低下させている。英語教育における「文法中心・記憶重視」のアプローチは、実際のコミュニケーション能力の欠如を招き、日本をグローバルなビジネスエコシステムから孤立させる「心理的障壁」を形成している。他国がより実践的で創造性重視の教育へシフトし、急速に日本を追い越し、あるいは追い抜いている現状は、日本国内の「教育の停滞」が経済の衰退と直結していることを示している。

現代教育の課題と経済的影響の相関

教育の特徴心理的・社会的影響経済的帰結(2065年への影響)
膨大な暗記量受動的な学習態度の定着リスキリングの困難、生産性の停滞
試験中心主義創造性や独立した思考の抑圧破壊的イノベーションの欠如
均質的なカリキュラム個性の埋没、「出る杭」の排除高度人材の価値毀損、海外流出
実践的英語力の欠如国際社会からの孤立グローバル市場でのシェア低下

文化的障壁と「卓越性」を阻害する社会構造の功罪

日本経済の成長を予測する上で避けて通れないのが、「出る杭は打たれる」という諺に象徴される強力な同調圧力である。この文化的特性は、製造業における「カイゼン」のように、集団での微細な改善には適しているが、一人の天才や卓越した個性が既存の秩序を破壊して新たな市場を創出する「不連続なイノベーション」を根本から否定する性質を持つ。

教育システムによって成形された「従順な労働力」は、組織の中では「経済的な機械(Economic Machines)」として効率的に機能するが、それは同時に、独立した思考や自律的なキャリア形成を放棄することを意味する。このような環境下では、文化的に優れた感性や技術を持つ「異能」の個人は、組織内での軋轢を避けるためにその才能を隠すか、あるいは組織そのものから排除される傾向にある。この「卓越性の阻害」は、2065年に至るまでの日本の潜在成長率を大きく削り取る。

さらに、この文化的抑圧は、現代の若年層における「価値観の変容」と衝突している。現代の高度人材は、働きやすさ以上に「自己の成長機会」や「正当な評価」を重視する傾向が強まっており、年功序列や同調圧力を維持する国内企業を避け、海外企業や外資系企業への流出を加速させている。2065年までに、この「高度人材の流出」に伴う経済的損失は、単なる労働力不足を上回る規模で、日本の知的基盤を空洞化させる恐れがある。

文化的障壁がもたらす構造的リスクの分析

  1. イノベーションの機会損失: 集団の調和を優先する文化は、リスクを取る挑戦を「和を乱す行為」と見なし、起業家精神の定着を妨げる。

  2. 意思決定の遅延: 組織内の「合意形成(根回し)」を重視するプロセスは、迅速なデジタル変革を阻害し、グローバル競争における先行者利益を失わせる。

  3. 人材活用の非効率性: 才能ではなく「年次」や「従順さ」に基づく評価体系は、最もエネルギーと創造性に溢れる若手世代のモチベーションを奪い、人的資本のROIを低下させる。

制度改革の困難さと「シルバー民主主義」による停滞

日本経済の長期予測において最も悲観的な要因の一つが、既存制度改革の困難さである。雇用慣行、社会保障、教育、税制といった日本の基幹制度は互いに密接に結びついており、部分的な改革が全体の不整合を招く「制度的補完性」が強い。例えば、労働市場の流動化を進めようとしても、企業の退職金制度や社会保険の仕組み、さらには新卒一括採用という教育慣行が足かせとなり、抜本的な改革は常に表層的な変化に留まる。

この改革の停滞を加速させるのが、人口構成の高齢化に伴う政治的・社会的な「保守化」である。有権者の過半数が高齢者となる中、政治的資源は現役世代への投資や将来の成長戦略よりも、既存の年金・医療・介護制度の維持に優先的に配分される(シルバー民主主義)。2060年度時点での医療・介護給付費の対GDP比は、現状の延長(過去投影シナリオ)では16.1%に達すると予測されており、この巨額のコストを賄うための負担増加は、現役世代の可処分所得と投資余力を奪い続ける。

政府は投資主導の成長や生産性向上を目指しているが、これらの改革が「名目的な変更(Superficial change)」に終わる可能性は高い。制度が複雑化しすぎており、一箇所の変更が予期せぬ摩擦を引き起こすため、最終的には漸進的な調整が政治的に選択されやすくなる。この「改革の麻痺」は、2026年から2065年にかけて、日本を徐々に世界の最先端から周縁部へと追いやる要因となる。

イノベーションの起こりにくさと技術的代替の限界

日本が過去の栄光を謳歌した製造業の時代とは異なり、デジタル・AI時代におけるイノベーションは「ソフトウェア」「データ」「創造性」の融合から生まれる。しかし、前述の教育(暗記型)と文化(同調圧力)の双方が、この新しいタイプのイノベーションを体系的に阻害している。

日本では、既存のビジネスモデルを効率化する「持続的イノベーション」には長けているが、市場そのものを再定義する「破壊的イノベーション」が極めて起こりにくい。このため、グローバルなプラットフォーム企業が日本から誕生する確率は、2065年までの期間を通じても極めて低いと予測される。イノベーションが起こらない社会では、資本は生産的な投資ではなく内部留保や安全資産に滞留し、経済全体の活力が失われる。

一方で、深刻な労働力不足への対策として、ロボティクスやAIによる「人間の代替」は、世界でも類を見ないスピードで進む可能性がある。しかし、これは労働不足を補う「防御的イノベーション」であり、経済を飛躍させる「攻撃的イノベーション」ではない。AIがルーチンワークを代替しても、そのAIを活用して新しい価値を創出する「高度な思考力」を持つ人材が教育システムによって抑制されている限り、TFPの劇的な向上は期待薄である。

2060年度の経済シナリオ別到達予測(内閣府試算)

指標過去投影 (PP)成長移行 (TN)高成長実現 (HG)
実質成長率 (2025-60平均)0.2% 程度1.2% 程度1.7% 程度
一人当たり実質GDP (万ドル)6.28.39.4
名目GDP (兆円)6961,6851,973
医療・介護給付費/GDP比16.1%12.7%11.7%
TFP上昇率前提0.6%1.1%1.4%

2026年から2065年に至る economic growth の動学的予測

以上の分析を統合し、2026年から2065年までの40年間を、10年ごとのフェーズに分けて予測する。本予測は、教育・文化・制度の各障壁が維持されるという前提に基づいた、最も現実的な(保守的な)シナリオである。

第1フェーズ:2026年〜2035年(緩やかな衰退と金利の重圧)

2020年代後半、日本は金利のある世界への適応に苦慮する。団塊ジュニア世代が全て65歳以上となる2040年を前に、社会保障費の膨張が加速する。名目成長率はインフレによって2%前後を維持するが、実質成長率は労働投入のマイナス寄与により0.5%以下に低下する。教育改革の失敗が表面化し、DX(デジタルトランスフォーメーション)の遅れが企業の国際競争力をさらに削ぎ落とす。

第2フェーズ:2036年〜2045年(労働力不足の深刻化と中堅都市の崩壊)

生産年齢人口の減少が年間100万人規模に達し、地方都市だけでなく首都圏近郊の中堅都市でもインフラ維持が困難になる。AIとロボットの導入は進むものの、それらを管理・運用できる高度人材の海外流出が止まらず、国内の技術基盤が弱体化する。実質成長率はゼロ近辺を彷徨い、財政は国債利払い費と社会保障費の二重苦によって、抜本的な歳出削減か増税を迫られる。

第3フェーズ:2046年〜2055年(制度の制度的疲弊と経済の地盤沈下)

高齢化率が35%を超え、社会の活力が著しく低下する。暗記型教育を受けた世代が社会の中核を占める中、世界の潮流である創造的AI経済への適応に完全に取り残される。一人当たりGDPは、かつての新興国に追い抜かれ、日本は先進国中最低レベルの所得水準へと沈む。

第4フェーズ:2056年〜2065年(静かなる均衡)

2065年、総人口は8,800万人、高齢化率は38.4%という極点に達する。実質GDP成長率は、TFPの劇的な向上がない限り、長期的にマイナスに転じるリスクがある。経済規模(GDP)は縮小し、対外資産からの所得に依存した「投資国家」としての姿が鮮明になる。国内の産業競争力は失われ、生活水準を維持できる「縮小均衡」の状態に落ち着く可能性が高い。

結論:2065年の日本経済の姿と回避不可能な選択

2026年から2065年に至る日本経済の軌跡は、単なる人口動態の結果ではなく、日本社会が長年温存してきた「教育・文化・制度」という三位一体の硬直性がもたらす構造的必然である。

本報告書の分析によれば、日本経済が高成長を実現する可能性は、現在の教育システム(暗記型)と文化的特性(同調圧力)を維持する限り、極めて低い。暗記中心の教育は、知識のコピーを大量生産するが、知識の創造を阻む。また、「出る杭」を叩く文化は、最も価値を生むはずの卓越した個人を国外へ追いやる。

2065年の日本は、漸進的な衰退を受け入れるか、あるいは教育を暗記から探究へ180度転換し、同調圧力を打破して卓越した人材を尊ぶ文化を確立するかの選択を迫られている。現在の制度的・文化的な慣性の強さを考慮すると、2065年の日本経済は実質成長率が0%から0.2%程度の極めて低い水準で推移し、かつての技術大国の地位を失った「静かなる停滞」の極致にある可能性が高いと予測される。