優れた個人を妬み、迫害する悪弊は、共産主義や社会主義に染まった人間に顕著である。かつてのソ連による優秀な指揮官の粛清や、中国の文化大革命における知識人弾圧がその典型だ。しかし、ソ連や中国でさえ、失敗から学び、現在はかつてほど露骨に優秀な人材を迫害しなくなっている。彼らには少なくとも、過ちを修正する学習能力があったのだ。
日本も事実上の社会主義国であるが、日本人はかつてのソ連人や中国人よりもさらに救い難く、学習能力が欠如している。社会主義の弊害を改めるどころか、さらに推し進めようとしているからだ。それゆえ、優れた人間を妬み排除する土壌が消えることはない。ソ連や中国でさえ学習し改善できたことが、なぜ日本人には不可能なのか。その答えが単なる「愚鈍さ」にあるとすれば、人間の愚かさも底知れないものがある。
国民性の悪辣さにおいて、日本人は世界でもトップクラスだが、アフリカのジブチ国民もまた、日本人に酷似した嫉妬深さを持っている。遺伝的な共通項がないにもかかわらず、他人を妬む性質において両者が並ぶというのは不可解であり、研究対象としても興味深い事例である。
浅慮な善人は日本を救おうと試みるかもしれないが、その努力は徒労に終わるだろう。日本人は救済策を自ら破壊し、恩を仇で返すような真似をするため、支援者は早晩絶望することになる。やがて誰も手を差し伸べなくなるだろう。精神衛生を保つためには、日本人には関わらず、外部からその末路を静観するのが最善である。
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