2024年8月23日金曜日

大衆のバカさ加減を表現する語彙を増やそう

何も考えず、考えることの必要性もわからず、考える努力もしない連中をずっとバカと呼ぶことで済ませてきたが、これでは伝わりにくい。伝えるつもりはそれほどないのだが、それならこんなブログを書く意味すらないので、伝えるつもりが全くないわけではない。

一流のワインのソムリエになるためには、ワインを見分けることよりもワインの味や香りを表現する語彙をたくさん持つことの方が重要だ。美食家にもそんなところがある。そこでバカを表す言葉をたくさん集めておいて今後はそれを積極的に使い分けようと思う。

バカについて書かれた本といえばオルテガ・イ・ガセットの「大衆の反逆」が最も知られている。この和訳本を読み返してバカを表す言葉を集めていこう。ついでにそのそばに記載されている反対の意味の言葉もあれば記しておく。反対の意味の言葉はたまたまそばにあっただけで、対義語ではないことに注意。

大衆 ー 選良
俗物 ー 高貴
凡俗 ー 非凡
要求 ー 謙虚
権利 ー 義務
欲望 ー 抑制
二流
無気力 ー 努力
自己陶酔
好き勝手 ー 規範
不従順
自己閉塞
自惚れ
愚か者
自信過剰
偏見
知的閉塞

などなどを拾えた。あとでさらに気がついたら追記しよう。単語ではないが私がいちばん同意できた文章は、貴族(私とかオルテガのような選良のことであり血筋のことではない)は食べ物を作ってくれる人や電気を作ってくれる人を常に考慮していて彼らに感謝しているし彼らがいなくなったら自分でその仕事をする覚悟を持っているのに対し、大衆は食べ物や電気が天から降ってくるものと思っており、それらがなくなったら誰かに要求したり奪ったりする(130〜132ページの意訳)と書かれていた部分だ。

私は貴族の義務として食べ物を貧しい人に分け与えるべきだと60歳くらいまでは思っていたが、世界中の大衆、特に日本の大衆は犯罪者に匹敵する反社会的な行動を無意識にとることを知ってしまったので、食べ物を与えるときはその人物をよく見極めてからするようにしようと考えが変わった。当たり前の結論で、ここに到達するのに60年もかかったのはかかり過ぎと言える。イエスは早死にし過ぎたのでここまで到達できなかったのは仕方がない。若いうちは彼のような単純な思考に陥りがちだ。彼は到達していたが彼の教えを文書に残した弟子が間違って理解した可能性はある。釈迦は到達していたが、弟子はそのことを理解できていない。釈迦の弟子たちの多くは権力と名声を得る方が重要みたいで、釈迦の本当の考えを理解していないように見える。弟子に恵まれなかったのはイエスも一緒だ。イエスも釈迦も良い人なのであの世で楽しく語り合っているだろうと思えるのは救いだ。

0 件のコメント:

コメントを投稿