2020年12月13日日曜日

殺人罪と過失致死罪の罪の重さが逆じゃない?

食べ物欲しさに私をナイフで殺して食べ物を奪った犯人と、アクセルとブレーキを踏み間違えて私をひき殺したボケ老人のどちらに恨みがあるかと聞かれたら、私はボケ老人を恨む。どうせ死ぬのなら自分の死に意味を持たせたいからだ。ナイフの方は私が死ぬ代わりに犯人が助かる。しかしボケ老人の方は私の死は無駄死にだ。誰も利さない。私を恨んでナイフで刺し殺した犯人がいたとしても、ボケ老人にひき殺されるよりはマシだ。ナイフの犯人は恨みが晴れて多少は気分がすっとしただろうから。

こんな風に思うのが私だけなら、私が変わり者なだけで、私が周りの人から奇異な目で見られるだけで済む。でも、もし私と同じように思う人が他にもいるなら話が変わってくる。今の日本の刑法が間違っていることになるからだ。今の刑法では、殺す意志を持って殺した人は殺人罪になり刑が重く、そうでない人は過失致死罪になり刑が軽い。過失致死罪では死刑にはならない。殺された私としては過失致死罪の方を死刑にして欲しいのに逆になっている。逆が無理なら、せめて殺人罪と過失致死罪の罪を同じにして欲しい。そうでないと死んだ人が浮かばれない。死んだ人は実際は恨みも何も考えられないから気にしないだろうと言うかもしれないが、遺族は気にすると思う。池袋老人暴走事故なんてそうじゃないか。

世界を見渡すと、殺したという結果が同じなら、殺人だろうが過失致死だろうが同じ罰を受ける法律の国もある。そちらの方がはるかに人道的だと思う。日本では死んだ人や残された人の気持ちを考えていないのだろうか。そうなら他人の気持ちを考えない薄情な国である。ああ、薄情なのは法律を作った役人か。奴らは他人の気持ちを親身に考えたことがないのだろう。

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