特攻が愚かな作戦であったことは過去も現代も誰も異論はない。命令を出した司令官も愚行であることを認識していた風がある。愚行である理由は人命を軽んじたからだと思っている人が大多数だし、それは間違ってはいないのだが、私は少しだけ違う。
最初に特攻に出撃して敵艦を沈めた関大尉はこう語っていた。「僕なら体当たりせずとも、敵空母の飛行甲板に50番(500キロ爆弾)を命中させる自信がある。僕は天皇陛下のためとか、日本帝国のためとかで行くんじゃない。最愛のKA(海軍の隠語で妻)のために行くんだ。命令とあらば止むを得まい。日本が敗けたらKAがアメ公に強姦されるかもしれない。僕は彼女を護るために死ぬんだ。最愛の者のために死ぬ。」この言葉の最初の文からわかるように、関大尉のような優秀な飛行兵は1回限りの特攻ではなく、普通の爆撃や雷撃に何度も出撃させた方が得だ。敵により大きな被害を与えられる。飛行機も1回限りで消耗せずに何度も使える。飛行学校を出たばかりの新米飛行兵だとそうはいかないから、彼らは特攻させられたのだという理屈がある。しかし、爆弾を当てられないような新米が体当たりなら命中させられるという理由がどこにあるのだろう。どこにもない。実際彼らは敵艦にたどり着く前に撃墜された。
特攻では陸海軍合わせて3830人の兵士が亡くなった。特攻機は一人乗りとは限らないので、出撃した機数はこれより少ない。そして戦果だが、
正規空母=0/護衛空母=3/戦艦0/巡洋艦=0/駆逐艦=撃沈13/その他(輸送船、上陸艇など)撃沈=31
なのだ。本当に沈めたかった正規空母と戦艦は1隻も沈めていない。兵士はほぼ無駄死にだ。敵艦にたどり着けなかった理由は、敵にレーダーがあって近づく前に見つかること、レーダーで誘導された敵の艦載戦闘機F6Fが待ち構えていること、重い爆弾を積んだ特攻機は速度と運動性が悪く、容易に敵戦闘機に捕捉されること、日本機は防弾性能が低く敵弾が当たるとすぐ火を噴くこと、米艦の対空砲弾はVT信管になっていて近くを通るだけで弾が破裂して破片が特攻機に当たって落とされること、そして特攻機の飛行兵は新米で操縦があまり上手くないこと。これだけ悪条件が重なっていれば有効な戦果など出ようがないことは、100人くらい出撃して犠牲になった後なら分かったはずだ。そこで特攻を止めていれば残りの3700人余りは死なずに済んだ。戦争だから人が死ぬのは仕方がない。それを否定する気はない。しかし、人命と飛行機の勿体ない使い方をするのは愚かだ。そう、私は「勿体ない」から特攻に反対するのであって、人命軽視を一番の理由で反対しているのではないのだ。
そんなことは絶対にあり得ないが、米軍にレーダーとVT信管がなくて、F6Fみたいな新米でもうまく飛ばせる戦闘機もなくて、特攻機には250kgや500kgではなく1トン爆弾が積んであって(そんなことをしたら日本の単発機は飛べないが)、出撃した機数の90%が敵艦に体当たりできたというような統計が初期の特攻攻撃の結果出ていたなら、私は特攻攻撃を肯定する。普通に爆撃や雷撃をしても戦死者や未帰還機は出る。特攻攻撃の方が通常攻撃より戦果に対する戦死者が少なくなるというのならやるべきだ。その方が人命や飛行機の犠牲が少ないからだ。もちろん私が飛行兵なら特攻に志願する。ただ、実際はそうではないのだから特攻は続けるべきではなかった。
こんな簡単な算術ができたなら、犠牲者はもっと少なかったのにと残念でならない。もっともこの程度の算術ができる人ばかりなら対米戦を始めたりせず、米国からの石油の輸出を止めるぞと恫喝されてものらりくらりと交渉して、それでも石油を止められたら石油の代わりに石炭と薪を燃やしながら我慢節約して、戦争をしないままなんとか日々の暮らしを維持して未来を開いていただろう。ちなみに旧満州には戦後巨大油田が発見された。対米戦をしないまま満州でうろうろしていたら、いずれその油田を発見して石油不足も解消して何もかもうまく行ったかもしれない。中国の共産化も防げたかもしれない。まあ、これは夢物語だ。
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