2020年1月18日土曜日

くだらないオリンピックに税金が使われる

私は前の都知事のときからオリンピックに反対していた。同じように反対する都民は少しだが居た。しかし、少数派の声はかき消されて現在に至る。反対した都民の税金はオリンピックに使わないで欲しいが、そんな希望が通るはずもなくムダ金としてバラまかれた。
バラまかれた金のうち貧困層の給与につながったのはごく一部で、残りはいかがわしい連中の懐に収まった。
私はスポーツマンだが、他人がスポーツするのを見る趣味はない。オリンピックなどプロレスと同じだ。好きな人は見ればいいが、興味がない人には関係ない。そんな個人の趣味に属することなのに、全員から同じようにお金を取るとは何事か。私の税金は、もっと役立つこと。道路の修理や橋やトンネルの保守その他に使って欲しかった。
オリンピックにかこつけて何かを言ったりしたりする連中には知性が感じられない。自分の頭で考えることを放棄しているのだろう。あるいは、オリンピックのおかげで私腹が肥えるのでほくそえんでいる立場なのかもしれない。
オリンピックの前後で社会や経済がどう変わるかシミュレーションできる頭があれば、過去のデータを調べる頭があれば、オリンピックをしようなんて決して思いつかない。オリンピックは愚か者が好むイベントだ。
私は走るとき、トラックとストップウォッチで測ってくれる人さえあれば他は何も要らない。これまでより速く走れればうれしい。それだけだ。一人で走ろうが、たくさんの人の前で走ろうが関係ない(試合のとき応援されるのは少しうれしかったが、それで速くなる訳じゃない)。100mの世界記録保持者も同じだと思っていた。オリンピックで走ろうと、片田舎のトラックで走ろうと世界一のタイムが出ればそれで良いのだと。まさかとは思うが、もしかして金(マネー)のために走っているのか。そんなことはないと思うが、そうだとすればクズだな。足が速いだけのクズ。

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