折り畳みスマホとか、8Kテレビとか、ゲームにしか必要のないビデオカードとか、「そんなのなくても暮らせるじゃない」というようなものを見るたびに資本主義が終焉を迎えつつあることを実感する。
資本主義は、{投資→消費の増大による投資資金の回収}のループが永遠に続くことを前提にしている。これまでは年々消費が増大してきたので、このループは回っていた。しかし、消費は減速してきている。今iPhone11を持っている人は5年後でも性能的には不自由なく使えているだろう。壊れない限り買い替える必要がない。テレビもPCも同じだ。もう消費はこれまでのように増えない。それではそれらを作っている資本家が困ってしまう。そこで、上記のようなものを考えて消費を増やそうとしている。上記のようなものを冷静に眺めると「そんなのなくてもいいじゃない」風のものばかりだ。そのことに大衆が気付いたら、消費の増大は止まる。そして資本主義は衰退していく。
資本主義が終焉を迎えた後に来る世界は、サスティナブルなユートピアか、それとも破滅か。今は分からない。人間の業(自分さえ良ければ他人はどうなってもよい)を考慮すると後者の可能性が高い。
自分と同じくらい他人を大切にする気持ちが遺伝子レベルで備わらない限り、人類は滅亡するだろう。ホモサピエンスの歴史は100万年くらい続いたのでもう十分と言えば十分かな。最後の3000年で道を踏み外したけど、99万7000年はうまくやっていけてたし。恐竜みたいに2億5千万年続けばもっと良かったのだが。
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