2019年4月11日木曜日

ヒット商品は作りたくない

研究者として,技術者として,自分の作った技術や製品がたくさんの人に使われるとうれしいとずっと思ってきた.しかし,ごく最近その考えが変わった.たくさんの人=大衆に使われることが本当に良いことか怪しくなってきたからだ.大衆が支持するものが,人類のためになるのか,地球のためになるのかと思うようになった.
たとえば選挙や国民投票.大衆が選んだ人が本当に政治を良くしたか?日本でかつて民主党を選んだのは大衆だ.米国でトランプを選んだのも大衆だ.昔ヒトラーを選んだのも大衆だ.EU離脱を選んだのは英国民だ.大衆が支持したからって正しい訳じゃない.
車もしかり.以前ミニバンがやたら流行ったことがあったが,それは空気を運んで燃料の無駄遣いをしただけという結果に終わった.ちゃんと8人運んでいた人たちは少数派だった.大衆が選んだものが良いとは限らない.
どうやら大衆には合理的かつ論理的な判断力が欠如しているようだ.そんな大衆に迎合した技術を作ることは果たして是なのか.違うと思う.大衆が否定するところにこそ真実(社会として地球として)が潜んでいると思う.
そんな訳で,大衆に迎合することを最優先した地球のためにならないヒット商品を企画するのはやめることにした.これから作るのは,わかる人にだけわかる,本当に優れた技術だけにする.そんなんじゃつまらないだろうって?いやいや,幸い論文制度や特許制度がある.流行らなかったとしても,その技術を最初に作った人の名前は後世に残るのだ.それを目指せば,十分にやりがいはある.
ビジネスマンならばこんな考え方をしたら破滅する.ものが売れないと食っていけないからだ.しかし,私はビジネスマンではなくて研究者だ.ありがたいことに研究に金を出してくれるスポンサーがいる.ものをたくさん売らなくても良いのだ.スポンサーには本当に感謝している.そのスポンサーの金も大衆から集めたものが含まれるということに,幾分罪悪感を感じるのだが,そこを深く考えるのはやめておこう.

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