2024年8月25日日曜日

日本の報道メディアが劣化したのは国民の責任

日本の報道メディアの案件の選別方針がひどい。くだらない案件ばかり報道して、本当に報道すべき案件を報道しない。それら報道メディアのニュースを選別して見せるネットサービスがいくつかあるが、元のニュースがひどいのでそれから選別してもくだらないニュースしかピックアップできない。おまけに広告も混じるから、読むのはもはや罰ゲームだ。時間の無駄なので読まない人も多いだろう。

日本の報道メディアが劣化したのは最近のことではない。明治維新の頃からずっとこの調子だった。江戸時代の瓦版も同じだ。なぜかと言うと、報道メディアが営利企業だからだ。新聞をたくさん取ってもらうには、大衆に受ける記事を載せる方がよい。そして大衆はひどく愚かだ。編集者は賢いのだが、彼が大衆向けの記事を合理的に編集するとくだらない記事をたくさん載せた方がよいとなる。くだらない記事を読んでいる大衆はますます愚かになり、愚かになった大衆向けにさらに記事の質を落とす。このループが延々回って現在に至る。これではまともな記事が載るはずがない。

NHKは公営なので本来はマシなはずだが、気にしなくてよいのに視聴率を気にするので営利報道メディアと同じ理由で報道内容が劣化している。おまけに政府の意向を汲み取らないといけないので報道すべき案件をそのまま報道できない縛りもあって、報道内容が劣化した。

報道メディアの劣化を食い止めてまともなメディアにするためには、利用者がきちんと選択して劣化メディアを見なければよい。新聞も雑誌もテレビも見なければ儲からなくなって廃業するだろう。そして利用者のメガネにかなうまともな報道メディアだけが残る。ところがこれが無理な話なのは誰でも知っている。利用者たる大衆がバカになり過ぎて、もはや彼らに記事の選択などできないからだ。今から教育改革したとしてもその結果が出るのは30年50年先だ。そもそも教育改革しようとしても大衆が反対するのでできない。大衆は教育を受けるのが嫌いなのだ。大衆は自分がバカでいることが権利だと思っている。楽してバカで居続けることは人権ではないのだが。

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