古いものほど良いのはwindowsの設計思想が腐っているからでwindows特有の性質かと思っていたが、最近そうでもない事例に気づいた。私のブログが頻繁に攻撃を受けているのは何度も本ブログで述べた。ログから攻撃手法を調べると的外れな攻撃しかできていない。私のマシンのソフトウェアは全部オープンソースなのだから、ソースコードを調べたら的外れな攻撃ではなく的確な攻撃ができるのになぜしない。クラッカーがバカでソースコードを読めないのだろうと思っていた。
ところが、よくよく考えるとソースコードが読めないのは当然だとわかった。もう正規のルートではソースコードを入手できないのだ。作った人が引退した、スポンサーが撤退した等の理由でメンテする人がいなくなって公開サイトが閉鎖されてしまっている。探せばどこかの個人サイトにアーカイブがあるかもしれないが、それを探し出してまでクラックするほどの経済的価値は私のブログにはない。金目のものは何も置いてないからだ。
つまりオープンソースのソフトウェアでも古い方がよい事例があるのだ。要するに「古すぎてクラッカーの相手にされない」ということだ。
同じことはどこにも公開してない自作のプログラムにも言える。みんなに公開した方がセキュリティが強くなるのはオープンソースの重要な特徴だが、それとは正反対に誰もソースコードにアクセスできなくするのもセキュリティを強化する方法となる。ちゃんとセキュリティを理解した人がプログラムを書いていればの条件付きだが。
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