2024年6月2日日曜日

記憶力が少ない人ほど賢くなれる

私は物心ついたときから、暗記するという行為は卑しい者がすることだと毛嫌いしていた。算数や理科は最低限の基本情報だけを覚えておき、問題が起きたときはその都度解法を導き出すべきだと信じていて、その信念通りにこれまで生きてきた。大学で法律や経済を学んだら、実はそれら文系の学問も本質は同じであることを知って、子供のころ国語や社会を暗記物だからレベルの低い学問だと軽んじていたことを後悔した。

私はほぼ何も覚えないから、既存の学説や風習は頭の中にない。そのおかげか、いつも新しい着想の研究ネタが次から次へと湧いてくるので仕事には役に立っている。スポーツのトレーニングも昔からの手法を覚えないで試行錯誤するので、結果的に最新の効率的なトレーニングを実行していることになる。そのせいか、技術の上達が早い。

Google Scholarが引用した「巨人の肩の上に立つ」は過去の研究成果を踏まえてさらに進むことで最初から全部自分で研究するより効率的に研究できることを意味している。そのやり方ゆえに人類はここまで発展してきた。しかし私はその真逆を行う。必ず自分で一から行う。鉄を扱うなら、鉄鉱石と屑鉄と石炭(コークス)を炉で溶かして炭素鋼を自分で作る。自分で作れることが確認できたらその後は金属メーカーから買うが、最初から買ってしまって中身を知らないで使うことはしない。半導体、車の部品やエンジンなど全てそうしている。その方が最後は上手に効率的にものを設計できる。

もともと記憶力はゼロに近かったが、年をとってますます記憶力がなくなってきている。プログラムを書き始める度にカーニハンリッチーを読まなければならない(これは嘘)。記憶力がなくなるのは素晴らしい。記憶力を失えば失うほど人間は賢くなれる。

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