仏教を学び、修行を積むと、解脱に近づいていき、やがて覚り(悟り)に至るのだが、そのときに同時に分かることがある。「自分は救えても、他人は救えない」ことだ。自ら修行しない人を覚りに導くことはできない。
これは仏教に限らず、全ての学びで当たり前のことだ。努力なしになんとかなるというのはまがい物の教えだ。だから免罪符を売って儲けていたキリスト教や、適当に拝んでいればOKとかの大乗仏教系、そして金を差し出すのが必須の新興宗教は全部インチキだ。楽して近道しようと言う考え方が成功しないのは、昔からおとぎ話でもさんざん言われていたのに、なぜ騙されるかなあ。
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