2023年3月8日水曜日

僧侶はぶっきらぼうなのが本物

20代の頃、僧侶に相談を持ちかけたことがあった。回答はひどく冷淡なもので要するに「自分で解決しろ」と言われた。僧侶は親切ってことはないのだなとそのとき思ったが、今になってあのときの僧侶は相当に修行を積んだ人だったのだと分かる。

仏教を学び、修行を積むと、解脱に近づいていき、やがて覚り(悟り)に至るのだが、そのときに同時に分かることがある。「自分は救えても、他人は救えない」ことだ。自ら修行しない人を覚りに導くことはできない。

これは仏教に限らず、全ての学びで当たり前のことだ。努力なしになんとかなるというのはまがい物の教えだ。だから免罪符を売って儲けていたキリスト教や、適当に拝んでいればOKとかの大乗仏教系、そして金を差し出すのが必須の新興宗教は全部インチキだ。楽して近道しようと言う考え方が成功しないのは、昔からおとぎ話でもさんざん言われていたのに、なぜ騙されるかなあ。

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