こんなことは私が子供のころから普通にあって、もっと楽ができるのになぜわざわざ面倒にするの?と思うことは数限りなくあった。年をとるにつれてだんだんその理由が分かってきた。理由はふたつある。
- 日本人は大多数がバカで自分の頭で考える習慣をもたない。だから、誰の(自分さえも)得にもならないことを疑問をもたずに平気でする。
- 仕事を考える頭を持ち合わせてないが、ぼうっとしていると非難されると思い、しなくてよい仕事をでっちあげて仕事をしているふりをする。
これでは生産性が上がらない訳だ。まるで共産主義のようだ。
若いころはこのままではよくないと思い、日本国民の知性を上げるために努力しなければならないと強く思っていたが、最近はそうでもない。私も若いころは考えが浅かった。もっといろいろ疑問に思うべきだった。例えばこんなこと。
- 日本人だけをひいきして日本を良くしようとするのは善なのか。
- 人間は全員なるべく長生きして、どんどん人口を増やすことが人間にとって地球にとって善なのか。
などを深く考えていくと、日本を良くするために無理にジタバタする必要があるのかと思う。答はそんな必要はないだ。
地球温暖化で海流が強くなり、住むエリアが毎年数メートルずつ水没し、住むところがなくなっているバングラディシュの人は地球温暖化を防ぐことが自分が生き延びるために必須のことだ。ジタバタせざるを得ない。しかし、バングラディシュの人が米国人と中国人に「温暖化ガスを出さない暮らしをしてくれ」と頼んでも米国人や中国人がその頼みを聞く訳ではない。米国人や中国人を説得している間に自分の家は水没してしまう。この場合、お金をかせいで引っ越し先を探すことに力を注ぐしかない。他人(特にバカ)を変えることは難しいが、自分を変えることは努力次第でなんとかなるからだ。
考えることを止めずに考え抜くと、最後は自分を変えるしかないに行きつく。これは仏教の悟り、アドラー心理学と同じ結論だ。とはいえ、考えることはここで終わりではない。仏陀でさえも考えが足りないなーと思うことがいくつかあるからだ。
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