- 片舷に魚雷をくらい、そこに浸水して傾く
- 転覆をふせぐために反対舷に注水する
- 船が重くなって速度が落ちる
- 遅くなると敵の攻撃を受けやすくなってさらに被弾
- 最後は転覆して沈没
これは船である以上仕方のないことだと思っていた。どの船も同じ最後を迎えるし。ところがどっこい、これは日本の軍艦だけのことだったのだ。軍艦は舷側に穴が開いて水が流れ込んできても一気に沈まないように、船体をいくつかに分ける仕切り版を備える。仕切りがあるので、穴が開いたエリアだけの浸水で済む。その仕切り方だが、欧米の軍艦は船首から船尾まで輪切りのように区切る。左右を分ける仕切りはない。こうすると右舷に穴が開こうが、左舷に穴が開こうが、左右均等に浸水するので船は傾かない。日本の軍艦は輪切りのような仕切りに加えて、左右を分ける縦の仕切りも備える。細かく分けるので浸水に強いと思いがちだがそうではなく、右舷からの浸水では右に、左舷からの浸水では左に傾いてしまう。このために転覆しやすくなり、逆舷に注水が必要になり、そして最後は沈む。
このバカな設計をしたのは造船の神様と呼ばれた上級国民平賀譲(ひらが ゆずる、1878年(明治11年)3月8日 - 1943年(昭和18年)2月17日)だ。日本の海軍軍人、工学者、華族。海軍技術中将 従三位 勲一等 男爵 工学博士 ついでに東大総長だそうだ。神様の設計なので下々の者はおかしいと言えなかったらしい。そのせいで何万人の海兵が死んだことか。
おかしいことをおかしいと言えるのは勇者と子供だけなんだよなあ。
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