2026年1月11日日曜日

新型コロナワクチン接種後死亡事例が2300人

医療機関から報告された副反応疑い報告の合計数だ。新型コロナ関連の情報では、65歳以上の人の数値はあまり意味がない。なぜなら、彼らは普通の風邪でもこじらせれば普通に死ぬからだ。新型コロナだけを特別視する合理性に欠ける。彼らが死ぬ原因は「寿命」とみなすのがもっとも自然で合理的である。転んで死んでも新型コロナに感染していれば新型コロナ死とカウントされたという、笑い話かという例もある。そこで65歳以上は除外して議論する。

ワクチン死2300人のうち、65歳未満の人の数は450人だ。そして2020〜2025で新型コロナで死んだ65歳未満の人の数は6000人だ。ワクチン死450人 対 新型コロナ死6000人。これだけだと判断するにはデータが足りないので、データをさらに深掘りする。知りたいのは健康な65歳未満の人がもし新型コロナワクチンを打たなかったら、打った場合に比べてどれくらい新型コロナで死ぬ確率が上がったかだ。

65歳未満の基礎疾患のない健康な人は全部で7700万人いる。その中で新型コロナで死亡した人の数は700人だった。それぞれの内訳を述べる。7700万人のうち新型コロナワクチンを打った数は約5900万人、一度も打たなかった人は約1800万人。新型コロナで死んだ人の数は、新型コロナワクチンを打った人は250人、一度も打たなかった人は450人だ。こうなると65歳未満で健康であっても、新型コロナワクチンを打った方が新型コロナ死に対しては10倍くらい有利だったと分かる。

ただし、7700万人中死んだ人は5年間で700人だ。全員ワクチンを打たなかったとしても700人が1500人に増えるだけだ。交通事故で亡くなる65歳未満の人の数(1年間に400人=5年間で2000人)の方が多い。つまり65歳未満の健康な人は新型コロナ騒ぎを無視してかまわなかったというのも真実だ。ワクチンを打とうとか打たないとかを考える必要もないどうでもよい病気だったのだ。

結果論では、新型コロナは人類社会に不利益を与えている高齢者のみに効くウイルスだった。私は4年前にも同じことを述べたが、このウイルスは神の恵みだった。苦労している人類を気の毒に思って神が生み出してくれたウイルスだ。今では新型コロナウイルスの効きめは衰えてしまったが、高齢者の振る舞いが目に余るようになれば、再び神の恵みがもたらされるだろう。そうでも思っていないと強制的に搾取されている若い人はやりきれない。そもそも生殖に無関係な高齢者が若い人の分の資源を浪費するとか、生物学的にあり得ないだろう。人類は滅びたいのか?

2026年1月10日土曜日

ユーラシアグループ発表の2026年世界10大リスクが痛快で面白い

ユーラシアグループは政治リスク分析専門のコンサルティングファームだ。ここが発表した世界の10大リスクのトランプ大統領の項目が面白い。冷静かつ斬新な分析だ。歯に衣着せぬ書き方をしているので、読み物としても痛快で面白い。

このレポートによると、米国民は資本主義と民主主義に絶望して、既存の枠組みを破壊してくれる破壊者としてトランプを選んだということだ。彼らはトランプを救世主とは思っておらず、破壊を実行する者として見ている。破壊が終わってしまえばトランプは用済みなのだ。

大石英司氏の2023年出版の小説「アメリカ陥落」は破壊が完了した後の状況を描写していた。大石氏の未来を見通す慧眼に感心した。

アメリカの次は日本が無法地帯になると私は予想している。そうなったら逃げ出す必要がある。逃げ出す先を選ぶのにユーラシアグループの分析は参考になる。引っ越しの常識として、まず現地をよく見て、1ヶ月くらい住んでみて環境を確かめなくてはならないことは言うまでもない。地政学リスク、犯罪リスク、気候リスク、食糧リスク、水リスク、自然災害リスクの全てを考慮して住む場所を決めるのはけっこう頭を使う。自分は放浪者(ノマド)であると達観して、ひとところに落ち着かないスタイルもありうると思う。命あっての物種という価値観だ。

2026年1月9日金曜日

格物致知(かくぶつちち)

「自らの知を深めるためには、目の前にある一つ一つの事物の本質を深く究めなければならない」――。この言葉は単なる科学者の処世訓ではなく、人間がいかに生きるべきかを説いたものである。乱暴に具体化すると「物理学と数学を深く理解しなければ清く正しく生きることはかなわない」だ。何かを決断する際、我々は自然や社会を貫く「理(ことわり)」の本質を理解した上で判断を下さねばならない。しかし、現代においてそれは至難の業だ。科学者でさえ、自らの専門外の理を解せぬ場合が多い。ましてや一般の市民が、複雑な現代社会において「格物致知」を実践することは困難と言わざるを得ない。

理を軽視する大衆の投票によって選ばれた政治家が良い政治をできるはずもない。皮肉なことに、無作為なクジによって政治家を選出する方がまだマシな結果をもたらすという実例さえある。ある国の自治体で議員を市民からクジ引きで選んだところ、選挙するよりも良好な結果を得たという報告がある。これが理を失った大衆によって左右される現代政治の紛れもない現実である。

民主主義の崩壊は、構造的に予見されていたことだ。経済を筆頭に社会の仕組みは加速度的に複雑化している。民主主義が成立するための大前提は、「投票権を持つ人間の知性が、社会の複雑化に追いつくスピードで向上し続けること」であった。しかし残念ながら、人間の生物学的な知性は1万年前と比較しても大した進歩を遂げていない。前提条件が崩壊している以上、民主主義が機能不全に陥るのは自明である。

社会保障制度の破綻もまた、最初から約束されていた。この制度は「人口が無限に増え続ける」という非現実的な前提に依存している。国土という物理的な制約がある以上、人口増がいつか限界を迎えることは自明であったはずだ。理に基づけば、この制度が崩壊するのは数学的な必然である。これは民主主義の崩壊という抽象的な問題よりも、はるかに簡明な真実であろう。

2026年1月8日木曜日

42年ぶりにIDEの軍門にくだってVS Codeを使い始める

無意味な意地を張っていたとは思うものの、ずっとIDE(統合開発環境)を避けていた。ターミナルで開発するのだから、コードはviやemacsで書いて、ビルドもターミナルから行うのが筋だと思っていた。しかし2025年の12月からVS codeでの開発がメインになってしまった。VS codeのオリジンはmicrosoftだったと思うが、まさかmicrosoft起源のソフトを使う羽目になるとは思わなかった。VS codeをメインにした理由はGPUクラウドとシームレスに接続できるからだ。この便利な使い勝手を実現できるのは今のところVS Codeしかない。私は開発用のwindowsマシンは持っていないので、linuxマシンでVS codeを動かしている。

最初にIDEを利用したのは1983年のTurbo Pascalだった。当時はPascalの教育環境と思っていたので、ゴリゴリのコードを書くツールではないと軽視していた。それ以降もいろいろIDEはあったように思うが、主にエディタのキーバインドが理由で使用することはなかった。素人向けのツールなぞ使わないという勘違いしたプロ意識も理由だったと思う。

VS Codeは拡張機能でviのキーバインドを使える。こうなってしまっては、もはや何も文句はない。ターミナルで使えないのが唯一の欠点だが、どのみちローカルではXを起動しているのだから、そのようなこだわりは意味がない。sshトンネルでリモートのGPUクラウドに繋げてしまえばローカルPCで使っている感覚でリモートの計算機資源を使える。これは便利としか言えない。github copilotとの連携もとても使いやすい。

2026年1月7日水曜日

Logi Options+ が起動しない問題の修正方法(2026/1/7)

mac用のLogi Options+が2026/1/7から起動しない。原因は通信に必要な証明書の期限が切れているからだ。証明書はユーザーがさわれるものではないのでユーザー側はどうしようもない。時計を過去に戻してmacを再起動すればよいが、再起動せずに解決したい場合の手順は以下の通りだ。
  1. システム設定 -> 一般 -> ログイン項目 中の Logitech Inc.の項目をOFFにする
  2. システム設定 -> 一般 -> 日付と時刻 中の 日付と時刻を自動的に設定をOFFにする
  3. 同項目の日付と時刻を2026/1/6以前の日付にする
  4. Logi Options+を起動する
  5. システム設定でログイン項目のLogitech Inc.をONにしろと言われるのでそうする
  6. ごちゃごちゃ書かれたウインドウが残るが無視して左上のxでウインドウを消す
  7. システム設定 -> 一般 -> 日付と時刻 中の 日付と時刻を自動的に設定をONに戻す
これでmacをシャットダウンするまではLogi Options+は正しく動くようになる。

2026年1月6日火曜日

ぶどうパンが2個で3000万円

昨年11月にぶどうパン消失事件が起こった。妻がパン置き場に置いていたぶどうパンが2個なくなったのだ。置き場の周辺だけでなく家の中をくまなく探したが見つからなかった。食べ物を放置しておくとカビたり虫が来たりして困るので何日間も真剣に探した。しかし見つからなかった。もちろん私も妻もつまみ食いはしていない。妖(おそらく甘い物好きの貧乏神の金次)が持っていったのだろうで落ち着いた。

そうこうしているうちに年が明けて、妻は家計簿の1年間のとりまとめをした。妻が「去年はエアコンを取り替えたり、冷蔵庫を取り替えたりしていつもより支出が多いのにお金が増えているのは不思議」と感想を述べた。私もそれには年末から気づいていた。3000万円ほど収支がおかしい。また勝手にお金が増えたらしい。たぶん金次がぶどうパンのお礼に置いていったのだろう。銀行の通帳に入出金が現れない方法で預金残高を増やすとは、妖はいったいどのような技を使っているのか。税務署も頭をひねるばかりだろう。

2026年1月5日月曜日

1万年ほど歴史が戻った

トランプがベネズエラの次はグリーンランドだと言ったせいで、ヨーロッパの軍事産業株が上昇している。イギリスのBAE、スウェーデンのサーブ、ドイツのラインメタルが上がっている。ウクライナ戦争の停戦期待から、昨年末は三社とも下げていたのだが戻してしまった。そのウクライナ戦争の停戦もウクライナの条件とロシアの条件がかけ離れていて、実現の可能性は減ってしまった。

軍事力のある大国は小国を攻め取ってもよいというルールは1万年前から9900年間、世界の常識だった。それが80年前に攻めてはいけないという風に変わりかけたのだが、ロシア(ソ連)は全くそのつもりはないし、中国も経済が上向いたらソ連と同調し、米国も難癖をつけてはイラクなどの資源国に戦争をしかけ続けた。今の米国はベネズエラの石油とグリーンランドの鉱物資源を狙っている。ロ、中、米の大国が1万年前の考え方を続けているのだから、これはもう変わらない。本来の歴史に戻ったと思うしかない。

戦争の歴史を1万年分学ぶと、周りを水に囲まれた砦は守りやすいことがわかる。島国の英国と日本は守る上ではかなり有利だ。4000年前のブヘン要塞、2300年前のティルス包囲戦、700年前の元寇、600年前のモンサンミシェル、80年前のアシカ作戦などが有名だろう。きちんと作戦を立てれば、周りを水に囲まれた英国と日本は大国の暴力から自国を守り抜くことができる。英国は今でもそれができるだろうが、日本はできる土台があるにも関わらず国民があまりにバカなので防衛作戦に反対してできないだろう。

国民がバカなのは助かる。見捨てても罪悪感がない。自業自得だと思うだけだ。人が良さそうなヤン・ウエンリーでさえも、アドバイスしたにも関わらずそれを聞かなかった味方が死んだとき、これは仕方ないとあきらめていた。どんなに優秀な人でもバカのやることの責任までは取りきれない。