ここで述べるのはクルーズ船業界だけでなく航空輸送業界でも当てはまるし、実はスマホゲームでは基本のマーケティング戦略だ。
2000年頃のクルーズ船は、部屋の大きさで料金が変わるが、受けられるサービスはそれほど変わらないのが普通だった。1週間のクルーズでいちばん高いオーナーズスイート客室は一人100万円で、いちばん安い内側客室は一人10万円だとする。料金は10倍差があるが、受けられるサービスの質の差はせいぜい2倍程度だった。スイート客室の人は特別レストランで食事ができるが、ビュッフェレストランやカフェで食べるときは内側客室の人と同じ扱いだ。乗下船のときに待たないで済むなどの特典もあるし、それ以外にも便利なことはあるのだが10倍の価格に見合うサービスを受けられているとはとても言えなかった。そのため、リピーター客ほどいちばん安い客室を選ぶ傾向が見られた。
2023年以降は、料金によるサービスのランク分けを積極的に行うようになった。高額な客室の乗客のサービスを良くする方向ではなく、低額な客室のサービスの質を積極的に落とす方向に舵を切った。低額客室の乗客はレストランの予約が取りにくいとか、レストランに行っても並ばないといけないとか、自由にテーブルを選べないなどの制約を受ける。これは以前にはなかったことだ。低額客室であってもこの制約を解除するためには、特別料金を払うとよいという制度も導入した。プリンセスクルーズのプリンセスプラス制度とか、MSCのヨットクラブ制度だ。こうすることによって、たくさんお金を払っている顧客の満足度を上げるというか自尊心をくすぐることができる。たくさんお金を払っているのにいちばん安い客室の人と同じ扱いだったら、次はたくさんお金を払うまいと思うのは当然だから、この戦略は的を得ている。
実はスマホゲームの課金システムも同じメカニズムだ。課金した人は無料プレイヤーに対して優位性を得られるから満足するのだ。課金してもしなくてもプレイの質が同じだったら誰も課金なんてしない。
レストランで並ぶのが嫌だが、スイート客室に泊まるほど贅沢はしたくないので、今回三井オーシャンフジに乗ってみた。この船はいちばん安い客室でも一泊当たり一人8万円くらいでラグジュアリー船と呼ばれるクラスだ。この船なら安い客室でもそこそこ良いサービスを受けられるだろうと思った。同じ船会社のにっぽん丸にも何度か乗ったことがあり、満足度が高かったのでオーシャンフジならもっと良い体験ができるのではないか期待していた。ところが大外れだった。この船の一般客室利用のゲストが受けられるサービス程度なら一泊あたり一人2万円が適正価格だ。8万円ではぼったくり価格と言ってよい。この船では一泊当たり一人10万円を軽く超える三六スイートと呼ばれる客室群を利用しないと、快適に食事をするなどのサービスを受けられない。つまりオーシャンフジなどのラグジュアリー船であっても、前述した料金によるサービスのクラス分けを実施しているということだ。
この戦略は船会社が利益を出すために行なっていることなので否定はしない。クルーズ船を楽しむには相当なお金を出すことを覚悟しなくてはならないと思い知らされただけだ。