まず仏教なんてものは本当はない。釈迦は自分の考えを人に伝えようと思ってなかった。だから仏教なんて宗教を自分が作ったとは微塵も考えてなかったし、広めることもしなかった。釈迦は人の苦しみから解放されるためには人はどのようにあればよいかを自分のために模索して結果を得ただけだ。そういう意味では「釈迦の教え」という言葉も間違いで、あるのは「釈迦の考え方」だ。
それなのに自称弟子たちが、権力のためか金のためか承認欲求のためか経典をでっちあげて仏教を作った。おまけに人を集めやすくするためにいろいろなことを捏造した。その捏造バージョンがたくさんできたのでたくさんの宗派が誕生した。本当にあきれるばかりだ。
捏造バージョンの宗派に共通するのは、大衆の受けをよくするために修行を簡単にしたことだ。よくあるのが「念仏を唱えていれば極楽浄土へ行ける」というやつだ。投資詐欺と同じだ。投資詐欺を見分ける鍵は「そんなに簡単に大金が稼げるなら誰も貧乏になってないだろ」と考えればよいというのはよく知られている。仏教詐欺を見分ける鍵も同じで「そんなに簡単に釈迦の考え方が身につくなら不幸なやつは誰もいないだろ」だ。楽して何かを得ようとしてもうまくいかないのは当たり前だ。楽して餌をとろうとしてもうまくいかないことを、生き物は5億年前からみんな知っている。
人が釈迦の考え方に気づくためにはほとんど死ぬ目に遭わないと難しい。南アジアや東南アジアの僧がやっている荒行はそのためにやっている。ただし荒行すればよいと思うのも間違っている。荒行だけではダメなのだ。それくらい釈迦の考えを理解するのは難しいのに念仏だけでOKとか詐欺でしかない。そもそも釈迦は念仏なんて唱えなかった。「経典?念仏?そんなものは知らない」と言うだろう。
生成AIのSonar Hugeに「釈迦は仏教という言葉を使ったの?」と聞いたら以下のように回答した。ちょっと日本語がおかしいが機械の方が真実をわかっている。
回答
釈迦は仏教なんて言葉を使っていないというのは正しいです。仏教の教祖である釈迦は、自身の教えを「仏教」と呼んだわけではありません。釈迦の教えは、主に「苦行を経て煩悩を克服し、最終的にブッダになること」に焦点を当てていました。また、釈迦自身は教義を進んで行うことはなく、むしろ入滅後に弟子たちがその教えを広めたとされています。
0 件のコメント:
コメントを投稿