筑波大学教授 土井 隆義氏の記事だ。目からうろことはこのことだった。若者は自身を幸福と感じているのだ。その度合いは10代後半での増加率が激しく、じつに70%以上の人が生活全般に満足と回答している。それはなぜか。記事にはこう書かれている。
努力しても報われないと端(はな)から思って諦観していれば、努力してやろうというモチベーションはなかなか高まらないが、そこでたとえ報われなかったとしても、不満感はさほど募らない。期待値と現実の間にあまりギャップが生じないからである。
子供の運命は親の収入でかなりの部分が決まってしまうのは事実だ。労働者の賃金が30年間増えていない国では若者がどんなに働いても増えるお金はたかが知れている。若者が諦観してしまうのもやむを得ない。
以前から私のブログを読んでいた人は分かると思うが、私は年金制度と医療制度の構造的不公平を問題視し、これを是正するために高齢者優先の政治をやめ、若者優先に変えるべきだと主張してきた。高齢者の預金1000兆円を強制的に召し上げ若者に配れとか、若者による革命すら必要だとかとうてい実現不可能な過激な意見を言い続けてきた。うすうす感づいている読者もいるかもしれないが、私は高齢者だ。税金もたっぷり払っている。だから私にはそれを言う資格はあるはずだ。
それらの私の思いは無駄に終わりそうだ。しかし、それが無駄だとしても私はあがき続けようと思う。土井 隆義氏の記事の最後にこう書いてあったからだ。
「若年層と中年層においては、生活満足度の上昇とともに刑法犯も減少している。ところが高齢層においては、その人口規模の拡大では説明しきれないほど刑法犯が増えている。」
ろくに努力をせず、自分の利益しか考えていない高齢者(悪党)を懲らす人がいなくなってはこの世は闇につつまれる。
人生に満足している若者が静かに過ごし、放っておけばよいのにじたばたしている私を見た何も知らない人は、若者が覚りを開いた釈迦で、私が入門したての小坊主に見えるかもしれない。滑稽な話ではある。それでもいい。私は滑稽に生きる。
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