殺人者の人権をどうしてああも執拗に保護するのだろうか、クレーマーの悪意の物言いをどうして聞いてやらねばならないのか、悪意を持って物事を成している人をどうして罰せられないのか。ほとんどの人が疑問に思っている。知った風な人に聞くと、その理由は「個人の人権はなによりも尊重すべきだから」と答える。善人の人権だけ尊重すれば良いでしょうと言うと「善人と悪人を正しく区別できる人はいないから」と返ってくる。
問題の根源は善悪の判断を100%正しく行うことができないことだ。これは事実だ。仏陀もイエスもできていない。神話の神々でもできていない。これまで誰もできなかった。「遠山の金さんはできていた」という突っ込みはしないで欲しい。あれは創作物だ。これまでは誰もできなかったというのは事実だし、ひどく難しいのも事実だ。だからと言って始めからあきらめて何もしないというのは逃げだ。死ぬまでにできるようになる可能性は低いが、死ぬまで考え続けるべきだ。それを何代も続ければ、いつかホモサピエンスは進化して、善悪の判断が正しくできるようになるかもしれない。
あと、論理学の問題なんだが100%正しくないと失敗だと思い込むのもおかしい。99%の精度で正しく判断できるのでも十分役に立つ。低い精度から始めて徐々に精度を上げていくよう努力することも大事だ。精度の測り方は確率、統計学でおおまかだが決めることができる。
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